「祭」のしきたり プロトコール

「祭」1月の行事について②

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こんにちは、りりーです。ご訪問ありがとうございます。

ここでは、「祭り」として、一月の行事、「正月」に続いて「七草粥・人日(一月七日)」「鏡開き(一月十一日)」「小正月(一月十五日)」について書きました。

日本人として由来を知っておくと便利ですね。

七草粥・人日(一月七日)

 

 

 

 

 

一月七日は「人日(じんじつ)」と言われ、五節供の一つとされていました。

「人日」の由来は、古来中国でこの日にその年の”人間”の運勢を占ったことによります。

またこの日は、「七草の節句」とも言われ、前日に摘んだ「春の七草」を七日の朝に包丁でたたいて

粥に炊き込んで「七草粥」を食べます。

その習慣は、宮中で一月十五日に食べられていた、米、粟、きびなどの穀物粥(七種粥)のしきたりや、

生命力の豊富な若葉を摘んで食べる「若葉摘み」の風習などが融合したと言われています。

この日は「松納め」とも言われ、飾っていた松飾りなどを取り外し正月が終わります。(地方によって異なる)元旦から松納めまでを「松の内」と呼び、

歳神様がいる時期です。

取り外した松飾りやしめ縄は、一月十五日の「どんど焼き(どんと焼き)」で燃やします。

 

春の七草とは

「せり、なずな、ごぎょう、はこぺら、ほとけのざ、すずな、(かぶ)、すずしろ(大根)。

五節供とは

古くから続く節供の中でも、江戸幕府が特に重要なものとして定め、公的な行事、祝日としたため庶民にも広まった。

それぞれの由来は、追って解説。

一月七日  人日(じんじつ)

三月三日  上巳(じょうし)

五月五日  端午(たんご)

七月七日  七夕(しちせき)

九月九日  重陽(ちょうよう)

鏡開き(一月十一日)

 

 

 

 

 

 

供えていた鏡餅を下げ、雑煮や汁粉に入れて食べるものです。

武家社会では、「切る」という言葉を嫌ったため、、「鏡開き」と言いました。

餅は刃物を使わず、手や木槌などで割って調理し、主君と家臣が揃っていただきました。

また、この日は仕事はじめの日とし、商家では、「蔵開き」、武家では「具足開き」、

農家では、「田打ち正月」と呼び、、家族や主従の関係を深めるとともに、

歳神様が宿っていた鏡餅をたべてそのエネルギーを蓄え、無病息炎を願う気持ちも込められています。

 

小正月(一月十五日)

 

 

 

 

 

 

古来、日本の正月は年始めの満月の日(旧暦では十五日)でしたが、

中国の影響で新月を月の始めとするようになり、一月一日を元日チして祝うようになりました。

元日を中心とした「大正月」に対し、十五日を「小正月」とし、様々な行事や祭りが行われます。

例えば、正月に飾ったしめ縄や門松を持ち寄って神社などで燃やす「差議長」や「どんど焼き」は、

正月行事が終わり、歳神様がこの煙に乗って帰って行くと考えられていました。

現在でも関西地方では、この日までが、「松の内」とされています。

また、正月に何かと忙しかった女性たちをねぎらう意味で、「女正月」とも呼ばれます。

まとめ

一月の行事として一年の始まりである「正月」は日本人にとって重要な儀式でありました。

七草粥(正月が終わり)・鏡開き(供えていた鏡餅、雑煮や汁粉を食べきる)・

小正月(正月行事が終わり、歳神様がどんど焼きの煙に乗って帰って行くと考えられ、正月に忙しかった女性をねぎらう意味で「女正月」と言いわれる)と行事があります。

最近では、お節料理として注文して買われる家庭も増えてきました。

核家族化の影響や働く女性が増えてきたからでしょうか?

次回、二月の行事、暦上は2月4日は春が始まる日になります。

 

 

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